板橋区議会議員 坂本あずまお あずまお日記

2009 年 4 月 のアーカイブ

2009 年 4 月 29 日 水曜日

水疱瘡なのに遊びに来て走り回っている姪が「これな~に?」と青梅を拾ってきた
見あげると梅の木に枝いっぱいの実がついている

菅原神社の紋は梅の花だし、木肌にも佇まいにもすごく愛着があって親しみを感じる

だけど、梅干しだけは存在を認めたくないくらいにきらい

寒い

2009 年 4 月 25 日 土曜日

4月の末までは雨が降って寒くなる日が確かあるはず
と思ってたら案の定 昨日今日と雨模様
しかも日が落ちてからはまだまだ結構冷えこむ
この時期だとまだ花冷えって言葉使うんだろうか
別の言い方あるんだろうか

昨日は午前中に自民党の視察勉強で区内の産業振興施設二カ所をまわる
工場萌えが注目されるようになって工業地帯の雰囲気も捨てたもんじゃないとなってきた
中小製造業の産業集積地域である新河岸・舟渡にこれからもっと賑わいを集めて知力財力まわすには?
秘めたアイデアはたくさんあるけれど根拠無く並べたくない
もっと勉強して論理的に組み立ててから

今年の好物

2009 年 4 月 20 日 月曜日

去年のこの時期は天候が崩れて一度大きく気温が下がったんだっけか
ゴーヤの種の発芽がそれで遅れた気がする

今年もまた夏野菜の種植えの時期がきた
去年は早く蒔きすぎたからゴーヤの種は連休中に準備しようと思う

東京だって農業できる
ベランダでだって野菜は育つ
けどまだ多くが「なんでわざわざ」と思ってる

文化も産業も政策も、大衆の末端にまで視点を降ろすことがコトを広める一番の手法になる
「クラシックを聴くのが上流」とか
「うまい寿司は銀座に限る」とか
高級ならば何でも素晴らしいっていうんじゃなくて 一番身近にあるものが本当に一番素敵なんだ という感覚を持てるようにしないと
スカラ座のオペラより 茶々入れながらの神楽は楽しい
フォアグラよりも菜っぱの方が米に合う

中央集権から地方分権に進むと言われるこれからの時代に、地域が生き残る道は このキヌサヤに詰まってる
そうだろ!

第二回全国緑のカーテンフォーラム

2009 年 4 月 19 日 日曜日

金曜日の午後3時から盛大に開催

昨年の那覇市から始まったこの会を来年へも繋ぐべく各地市長が忙しい中ご参加頂き、また会場内には全国からの行政職員と議員がちらほらと

正直 席が埋まるのか心配だったが会場は立見がでるほど盛況で、大多数を占める区内町会関係者を見て個人的には動員力としても環境力としても板橋の地域力を計り知る

第一回に続き菊本先生(区の小学校で始めた教員の方)の講演はとかく素晴らしくて、会場中は緑のカーテンを!と一つに繋がる

また今年の夏も緑のカーテン拡大に努めようと私自身決意を新たにした

災害救助犬訓練二回目

2009 年 4 月 13 日 月曜日

今日は日本救助犬協会の方々による二回目の訓練が赤塚庁舎の工事現場で行われた

工事の日程の都合で急遽決まり 広報面や協会さんには準備や連絡面等でご無理をさせてしまった

とにかく、訓練としては随分と成果があったようでなにより
実際の災害現場にかなり近い状況下で ハンドラー(人)も救助犬も足場の悪い中しっかりと要救助者を発見する

いざ板橋に大災害が起こると 移動はかなり困難になる
そんな時に地域にどれだけ対応能力があるか
つまり地域の限られた人材資源だけで如何に対処出来るかが人命救助の鍵となるわけだし 紙面上の協力体制よりも日々の地道な繋がりが大切だと思う

帰りに寄った ため池公園の穏やかさを見て、地震は防げなくても二次災害は防がねばと感じる

不合理な肌の感触

2009 年 4 月 9 日 木曜日

今日は近所をぐるぐる4時間程歩いてみた

車や自転車では気づかない景色があるというのは よくあること
ただ今日に限っては、そればかりではなくて道々にある新緑を見るたびに町の造りや人が不思議にスッと入ってくる

ちい散歩のまちなか探訪とも違う感触

なんと言ったらいいんだろう
辻の設計図の端々が頭の中に重なるような
攻殻機動隊で言うと 土地と電脳化して結んだような

足あとのつけた分だけ街と繋がる
故郷ってやつか

フィールドワークは大事です

保全と開発の調和

2009 年 4 月 2 日 木曜日

植えた草木と自生した草木
どっちも緑にはかわりない
魚で言えば養殖と天然物
どっちも魚
けれどどっかの部分で何かが違う

この写真の風景
美しいといっても 人が美しくなるよう仕組んだ自然
けれどそこに新たな美を創造させている

「保全と開発の調和」現金沢市長の言葉だそうだ
行政が、お上が、街に新文化を創造させうるのかというのが今回の視察のテーマだったが
兼六園を造った時代からこの地に暮らす人々はその気概や感覚を今だに引き継いでいるようだ