板橋区議会議員 坂本あずまお あずまお日記

2010 年 2 月 のアーカイブ

いきとやぼの境界線

2010 年 2 月 28 日 日曜日

「素通りしないで」
一枚だけ掛かっている美術館前の垂れ幕
結構素通りしそうにひっそりしている

文化観光の特別委員会で私が「行政が手を出さない方が文化創造はうまくいく」と発言したのを担当の部長さんが覚えていて下さって 浮世絵の看板を見ながら少し話した
幕府の絵に対する規制が逆にどれほどの町民文化の創造性をもたらしたか、また幕府の支援なくとも名もなき町場の絵かきは極上のポップアートを生み出してきた
この 文化芸術と行政との距離感が本当に難しいと

ボランティアベースの団体が紐付き補助金を貰った途端にダメになる
かといってそもそも総てがボランティアでは回らない
こんな文化事業に対する現実の中、
「素通りしないで」のこの旗を 素通りされそうなところにひっそりと置く
この辺のバランス感覚が 野暮にならぬためのひとつの指標だと思う

まもなく

2010 年 2 月 25 日 木曜日

明日 区立美術館で浮世絵展のオープニングセレモニーがある
それになんとか間に合って ため池公園の工事壁が撤去された

ようやくきれいになった池の姿
外見はきれいだけど 水は?中身は?

バイパス手術をしたり人工的な医療機器を体内に埋め込んでいても 生きて活かすのはやはり人間
ならばどんなに昔と姿の違う池だろうと 赤塚ため池が赤塚ため池と認識される限り、これは赤塚ため池公園なのだ
生きた水辺環境を壊してはなるまい

人の居住地選択と国土と風土

2010 年 2 月 22 日 月曜日

いまだ散々悩んでいる論文の方向性
土曜日の授業でも私の脳内カオスが教室中に沢山の???をもたらした

今日は役所で21年度最終補正予算の分科会と文教児童委員会が開かれた
補正の審議では主に財政難による学校施設改修工事の延期と変更に関する質疑をする

健全なる自治体運営が住民の生命と財産を守るのだ、と区職員も議会もみな気概を持って働いている
だからこそ区民の勤労による税金を多いからどう少ないからどうというのはもうやめて、限りある予算で今できうる最高の教育施設整備と 将来に渡る最適な規模と配置の適正計画をたてるのが教育行政運営の大方針である、と宣言すべきだ
と想いを述べた

家に帰り 図書館で借りた写真の本を手にとる
数ページ読んで、これまで頭の中にあった変なこだわりやわだかまりが無くなって 書く道筋が見えてきている

今日の駅頭

2010 年 2 月 19 日 金曜日

始まったばかりの区議会定例会と最近の活動と所見などの報告で駅へ

「おまえさ、自分の名前くらい旗で出しておっきなスピーカーでガンガンやらなきゃわかんないよ」と知り合いの通行人には毎度ご指導いただくのだが、自民党ののぼり一本での勝負

直後に自民党の東京都連で会合があり 永田町へ
本当に会う人会う人の言葉の端端が 人生の糧になる
考えて生きなきゃあかんなと思う

おもだる大地のあやにかしこし

2010 年 2 月 16 日 火曜日

今日は日本都市計画学会と全国市長会主催のこのシンポジウムを聴きに来た

学者の理論講義
市長の現場解説
この二つの流れを重ねてのパネルディスカッション

しかし相変わらずこの形のシンポジウムでは理論と現場がなかなか結び付かない
というより現場が理論に追い付かない

隣の席の男性が「結局どれだけ金を出せるかだろう」とつぶやいたが、毎度の如く出てくるこの言葉も一見正しいようで本当は違う

現場で形にならないのは、計画が上滑りしているからだ
つまり基礎工事の杭を打ってない家、電気水道管を繋げてない新築には住み着けないのと一緒

学者は、その論を動かせられる地域規模を町丁目で見極めること
首長は、知恵を大地に埋め込めろ
ぁぁ、これが一番難しいんだが、時間をかけてもやるしかない

毎年のことですが

2010 年 2 月 14 日 日曜日

寒梅が咲いた

毎年この時期は 梅まつりまでに花が散らないかどうかが心配になる

特に今年はため池公園が改修されてすぐの開催となるし 花の賑わいでこれからの赤塚に彩りを添えねばならぬと考えている

二ノ宮尊徳

2010 年 2 月 7 日 日曜日

この方は 時空を超えて物事を見る視点を持っていらっしゃるだろうか

理想郷にこだわるような理想をなくすと 理想という言葉がなくなった理想像になる

今日のは日記でなくて 落書きですね

理想は現実にならず 現実こそが理想となる

世の中金だという世の中が絶対いやなんだ

2010 年 2 月 3 日 水曜日

右に正義があり 左に正義がある
後ろの正義と前の正義 どちらも互いに正義を貫いている
その両極の正義を結んで現実の形にするのが政治であるあるわけだが

国全体が結果に平等という社会保障制度拡充にすすむ中で
強烈な自由競争主義者は やはりいる

機会に平等な社会か
結果に平等な社会か
この百年続く議論がコンニチいまだ東京の片隅で続いてる

外にいれば百花騒乱咲き乱れ
家に帰ればテレビの中で貧しさに死にゆく人がいる

じゃあ
雪の静けさは 人が生きることの意味を何か少しでも導いてくれるのですか?
私が人ひとりの命を救えることができているんですか

結局 答えは自分で見つけだすしかないんだろう