板橋区議会議員 坂本あずまお あずまお日記

2010 年 10 月 のアーカイブ

アララト山へ

2010 年 10 月 31 日 日曜日

アララト山とは旧約聖書にある、44日の長雨によって大洪水がおこりノアの家族と動物のつがいを乗せた方舟が漂着したという、そのお山である。トルコ語名はアール・ダー。大小2山の連山で、標高は大アララト山5137メートルと小アララト山3896メートル、富士山に似た重厚壮麗な姿をしている。ここはイランとの国境から16キロ程の、クルド人が多く住む地域。当時この地域はまだクルド人独立運動PKKの活動が盛んな頃でトルコ軍との衝突が頻発しており、軍の誘導や許可がないと立ち入りが難しい地域であった。

まだトルコに留学していた2000年、このアララト山に訪れる機会があった。日本のテレビ局NHKがBS放送でトルコからの2元中継による生放送をする話があり、私の友Aさんがトルコ東部の担当レポーターとなった。イスタンブルならまだしも、トルコ東部くんだりまで日本人クルーが来て撮影するとなると、それなりに小間使いの人手が必要である。ということで、急きょ私に声がかかった。当時の私はまだ二十歳前後で、大学の授業もあるようなないような、という状況である。大して仕事の役に立つ見込みはなかったのだが、この旧友が気を利かせて、なかなか行く機会のないアララト山へお誘いをしてくれたのだと思う。

続く

はじめに

2010 年 10 月 24 日 日曜日

本日、1泊4日でトルコに出かけた。まったくの強行軍である。前回またたび日記を書き上げて次回へ続くと締めくくってから、すでに4年が経過してしまった。この旅で改めて「旅」というものは如何なるものかと考えるに及び、今あらためて筆を執った次第である。

前々から、またたびの続きはアララト山に旅行したことを書こうと決めていた。けれど、トルコにいた頃のあれも書きたい、これも書きたいと、いろいろ欲を出していたら余計に何も出来ず書けずで、「またたび次号は?」と聞かれる度に、あぁこれは完成しないだろうなぁと、他人事のように遅筆ならぬ絶筆の感触でいた。

考えてみたら、またたび日記は旅日記である。生活のことでなく旅したことを、旅の中で足のおもむくままに歩いたように、文もあちらこちらへ行って構わないんだと気づいたら気が楽になった。随分と昔のことだけれど思い出しつつ、いや思い出すためにこの旅日記の続きを書いてみようかと思っている。

10年前の話の記憶である。多少事実と違ったり、記憶が定かでない部分もあるかも知れないが、それもまたこのまたたび日記の特徴だと思っていただければ幸いである。

2010年6月 トルコからの帰り 経由地のドバイにて

テンテンツクツ

2010 年 10 月 23 日 土曜日

明日の成増天神祭りへ向けて、準備整いました。

今夜はこれから三園第一町会でのお祭りへ参加。
獅子と神楽の舞台です。

朝に思う

2010 年 10 月 11 日 月曜日

4時になると鳥たちはいっせいに朝の声を上げはじめる。

5時ベランダで静かに耳をすます。遠く高速道からだろうか、地鳴りのような響きがある。

6時、愛機と向かい合う。

あぁ、今の僕のこんな気持ちは、22歳の頃に想像できていただろうか。
42歳の自分には、ほんの少しでも生きる糧になっているのだろうか。

10年後の未来を描くのに10年前の問いかけに返事する。

出会いと別れを繰り返したけど、僕はもう日本にいるから。
大丈夫、間違ってない。心配すんなって。

城北のこれからを考えましょうよ

2010 年 10 月 10 日 日曜日

東京 都心3区は、ほっといても栄える。どうせ誰か考えてる。 臨海の江東、江戸川、港、品川などはタワーマンション開発で人口がどんどん上昇してる。 墨東6区は劇的に変化を遂げようとしている。 強烈な下町気質。杉並も中野も、自前で研究所を持って将来を見据えてる。 多摩川沿いは、強い。 三多摩は、もう多摩を考える会として動き出してる。 北、板橋、練馬。 ここは大手ディベロッパーからも見放された、東京都の都市計画でも見放された、都市計画の不毛地域。 ここらで、ちゃんと城北を考えませんか? きちんと調査して、比較して、分析して。 自分たちのまちが今ほんとはどんな状況で、どんな危険性があって、どんなポテンシャルを持っていて、これからどうなっていくのが、どうしていくのが各地域、東京全体、日本全体、世界全体にとっての最大利益となるのか。 真剣に、考えていきたいんです。 一度、北、板橋、練馬で集まりましょう。 都連の関係者だけでなくて、みんなで考えましょうよ。よろしくです。

今夕の景色をみて

2010 年 10 月 7 日 木曜日

ノッポの大学ビルがあって、その向こうに靖国神社があって、外堀の脇に桜は植わっていて、タクシーは結構なスピードで、神楽坂の入り口が見えて、大好きなカナルカフェはイルミネーションで。高校時代に遊んだ飯田橋を見ながら、今はここで仕事をかねて勉強している。

失うものナシに得られるものなんてあるのか?と思ったこともあった。
けど、この街は姿を変えながらもここにいて、何も失ってなんかはなかったんだ、と。
もっと大人になったら、この街はもっと受け入れてくれるのだろうか。

生きて失うものなどないと、新しい形となって生まれ出ずるんだと、それが文化なんだろって、東京に言ってほしい。

坂本あずまお、一日の一例

2010 年 10 月 7 日 木曜日

自民党支部と区役所へ行ったあと、午後から市ヶ谷の研究室へ
夕方まで各自のデータ処理や業務委託をこなす

途中、先生が総務省へ行く前に顔を出してくれて、今の考えについての話を聞いてもらう
道筋はまだ明確ではないけれど、ずれてはいないと自信を持てたので、明後日の発表までに急いでまとめてみよう

夜は研究室に残った4人で勉強会
数式を単に覚えればいい、じゃなくて、なんで相関係数は-1と1の間なの?てのを生々しく感覚共有できた

夕食は自宅で軽く

ほんとはまだMacいじりたいが、寝る前にモニターを見詰めると眠れなくなるので、紅茶と読書で就寝予定

暑いとこうなる

2010 年 10 月 6 日 水曜日

夏の間に実ったゴーヤから落ちた種
そこから、芽が出てツルを巻いている

大根も白菜もとっくに種を蒔き終わっている時期
今日は10月6日
暑いとこうなる