板橋区議会議員 坂本あずまお あずまお日記

2011 年 3 月 のアーカイブ

過去はない、未来でだけがある。

2011 年 3 月 23 日 水曜日

極論言えば、東電がいい悪い、政府の対応がいい悪い、原発がいい悪いなんて関係ない。
今じゃぁどうするか、それだけだ。

過去どうだった、結果どうなった。あっちが善でこっちが悪。
そんなの全部通り越して、ほんとのこの国をつくらないと、つくっていかないといけないんだ!
それが日本国民、青年世代の義務と責任、というより感性そのものだ。

それが一言でいうと、過去はない、未来だけがある、になる。

前向いて、生きるぞ

3月23日

2011 年 3 月 23 日 水曜日

地震発生から10日目になる
これまでは災害中 除災の期間

ここからは復興のタームに入る
ここからが正念場
自然災害から、人災に切り替わるとき
犯人捜しの様な風潮も出てくるはず
不安と不満ら日常と非日常がはげしく切り替わり出すはず
イスタンブルの被災の時もそうだった

人が救いを求めるのは、何かを非難したり犯人を捜したりすることによるカタストロフィ的なものにじゃいけない
想像を遥かに超えた天災なんだから、常識を遥かに超えた未来をみて再建の道を進まなきゃいけない
そこに生きる力と希望を見出ださないといけない
はっきり言って現地の当事者は無茶苦茶大変
だけど、そう進まなきゃいけない

そして、私達が今東京に居て出来ることの一つは、首都東京を考えること
いろんな、いろんな意味で
深く広く、見入ること

だからこそ今、みんなの声を聞きたいと切に願います

板橋区第3グループからの指定解除

2011 年 3 月 22 日 火曜日

板橋区の計画停電指定地域となっていた赤塚、赤塚新町、三園、成増は、本日第3グループから指定が外れました。

詳細は不明ですが、当面は計画停電がされない模様です

とりあえず一報

大きな大きな月の下

2011 年 3 月 20 日 日曜日

トルコの友から、あちらでは寿司を食べたら放射能汚染?とか日本製家電は触ると危険?とかテレビで真剣に議論してるらしい話を聞いた。
トルコらしいっちゃそれまでだが、首都東京では連休に若者がデートし、地方から観光客訪れ、デパートはチョコを売る
けどお茶の時には真剣に震災を議論する
そんなこの国の強さを知って欲しい

正しい情報が速やかにもれなく拡がることが如何に大切かと、今回ほど実感したことはない

加えて
買いダメ運動が、被災地に必要物資供給しつつも消費の抑制と経済停滞ににつながらぬようにするにはどうするか?
モラルとジャスティスが有効に効いてない今、鍼の一刺しはどこへ?
情報共有と他に何が?

防災無線、手紙、携帯、ネット
情報経路とインフラはそれぞれあるけれど、結局一番大切なのは人と人とのつながりあいではないのかな

まだまだ今すぐ対応できることがありそう
動いて動いて、つなげていってみます

今日は、満月だ
19年ぶりの地球大接近だそう

お彼岸

2011 年 3 月 20 日 日曜日

このお彼岸は自転車でリュックしょって親戚とお墓参り
お寺の燈籠も写真のように倒れていた

今日の停電

2011 年 3 月 17 日 木曜日

午後3時20分からの3時間を予定しています。

こどもたちの下校時間にも重なりますので、どうか自動車は安全運転を。
見守り隊やご父兄は交差点にお願いします。

電力復帰後は

2011 年 3 月 16 日 水曜日

電力の復帰後はろうそくの消し忘れ、ガス警報機などの復帰、テレビや電話など電気機器類の電源オンオフ再確認を必ずお願い致します。

特に明るくなったので、ろうそくを消し忘れて火事になってしまうケースがあります。
ご注意を!!

今夜からの計画停電のお知らせ

2011 年 3 月 16 日 水曜日

本日3月16日、午後6時20分より10時までの間の3時間
赤塚、成増、赤塚新町、三園の全域で停電をする予定です。

また明日以降も計画されていますので、いそぎご確認下さい。

またたび日記より 地震について

2011 年 3 月 15 日 火曜日

[先週3月11日、東北地方を中心とした東日本一体で大地震が発生し、多くの方が被災されました。またこの文章を書いている今も、福島原発での爆発とそれに伴う放射能漏れ事故が発生しています。現場で命を張った懸命の作業をされている方々の強い勇気と意志に深い感謝と敬意をしつつ、13年前に私がイスタンブルで被災した際の想いを記した、またたび日記の一部を転載致します。]

地震

イスタンブルにひとり居を構えて二年。大学にもようやく慣れて、トルコ生活の右と左がようやく区別つき出した頃にトルコ北西部で大地震がおこった。1999年8月17日午前3時頃、イスタンブルから東へ100キロほどのイズミットという街を震源として、M7.4の大揺れがきた。

この時期、大学の夏期講座の最中で、この夜私は次の日の授業へ備えて早々に床についていた。ベッドの中で揺れを感じた時には寝ぼけていたので、布団からは出ずに足元のタンスが自分の上に倒れてこないかチラッと見て、部屋の中でもお皿が割れたり物が落ちた音もしてないし、まぁいいか。と、また眠りについた。それから数分たって、

「でもいや待てよ、ここどこだ?トルコだ。地震か?大きいな。震度も5弱くらいだったな。トルコの建物ぼろいよな、いつも崩れやしないか心配してたよな。あれーー」

と、アパートの上の部屋からも物音がバタバタ立ちだし、ようやくなんとなく事の重大さに気づきだした。そして窓を開け外を見ると、混乱して外へ飛び出した人々と自動車による大渋滞。停電でヘッドライトの明かりのみの真夜中に怒声とクラクションが鳴り響く。地震体験のほとんどない彼らは、みなパニックになって街から逃げ出そうとしたのだ。しかしどこへ逃げるというのだろう。普段から避難経路も考えていないし、避難場所もない。そもそも大地震が起こって自動車に家財道具積んで逃げ出して、そしたらいたるところで大渋滞だなんて、日本人にとったら常識知らずも甚だしい、自殺行為だ。

とりあえず揺れの大きさに耐えたこのアパートと周りの建物を確認した。停電、外は大混乱、ニュースで伝わる前にできたら日本に連絡を入れておくかと受話器を上げたら、まだこの時点で電話回線は生きていた。地震があったことと、無事だからテレビで一報が入っても心配しないようにとだけ実家には伝えておいた。停電だけれど私のマックはノート型。ひと通りネットでニュースを確認すると、直後の情報では震源地近くの軍隊宿舎が倒壊とだけ流れていた。そうなると被害はもっと大きいはずだと大体想像がついたので、やはりここは日本人。水の確保、扉を開ける、靴を履く、防寒着、懐中電灯、と防災グッズ一式準備し、様子を伺いにアパートの4階にある部屋から外へ下りてみた。するとそこにいたのは、一人で右往左往している隣の部屋のお父さん。若い人にはドラクエで街中を歩いている人の動き、と言えば分かってもらえるだろうか。まさに一体何をどうすればいいのかわからずに途方に暮れていた。とりあえず今は車で逃げずに、避難道具を揃えて余震に注意が大切と助言
をしておいた。

これだけ冷静に地震に対処できる日本人と、パニックを引き起こすトルコ人との違いは何か。それは数多くの地震経験と防災教育の大きさに他ならないと思う。地震だけでなくどんな大災害に対しても、対応の知識と心構えをどれだけ日ごろから備えているか。これがいかに大事なことだったのかと身をもって感じた。それにトルコ人の持つ地震への恐怖心の根幹には、街中の住宅建造物に対する耐震強度への不安もあるだろう。ほとんどの建物の骨格は雑な鉄筋?のコンクリート、壁は軽いブロックを積み上げ漆喰で固めただけの作りであったと思う。建設中に見たら「この中には住みたくないな」と日本人なら誰もが感じるはずだし、よくこれであの地震に耐えたなと逆に感心したくなる。

ならば政治や社会にできる備えはなんなのか。防災対策、対応の知識を広めるなど、おのずと答えは出てくるだろう。逆にどんなに備えや対策を講じてきたって、いざという時の国民の心と行動までを政府が掌握できるほど、政治はたやすいものだろうか。

当時の国家元首、エジェビト首相はこの地震に際し、

「おお神よ。あなたは如何ほどの試練をトルコに与えるのか」

と語った。ときに同情的に、或いは首相は無責任だとメディアは報じたが、社会と政治と人の力が遠く及ばぬ程に、自然の力は強い。社会にも出来ることと出来ないことがある。この地震による死者は、1万5421人。行方不明者はその数倍に上ると言われている。

防災のメールの登録を今すぐにお願いします。

2011 年 3 月 15 日 火曜日

http://www.bousai-mail.jp/itabashi/

ここから、板橋区に関する防災情報のほとんどが配信されます。
また、計画停電の時間や防災無線の内容、地震の情報もここに集約されています。

区民の方や区内勤務の方は必ず登録と、家族、友達、知り合いに伝えて下さい。

また、
itabashi@bousai-mail.jp
へ何も書かないでそのまま、空メールを送信しても登録できます。

どうか、宜しくお願い致します。

坂本あずまお