板橋区議会議員 坂本あずまお あずまお日記

2018 年 12 月 のアーカイブ

JC生活、最後の夜に

2018 年 12 月 25 日 火曜日


率先して変革の能動者たれ。

28歳、1回目の区議選当選直後にJC(青年会議所)と出会い、29歳で入会し、一昨日の12月23日をもって現役としての活動を終了しました。

公益社団法人東京青年会議所。板橋区の委員長は2012年に務めましたが、その後特段の役職に就くこともなく、程よい距離感を持って(とは言ってもだいぶのめり込んだし、家族にも随分迷惑かけました)活動してきました。

青年会議所というのは、いろいろな言われ方をしますが、私にとっては青年世代なりの社会に対するモチベーションや新しいアイディアや最高の仲間を得られる、後ろ支えみたいな組織です。あれやらないと社会はダメになる!と思ったことは全部言う。言い出しっぺは責任持って全部やる。まわりの仲間は全力で支援する。地位や名声にこだわらず、街と人の将来ばかりを考え突っ込んで、たまに玉砕する。ほどほどで成功する。まれに、社会へ変革を起こす。そんなことを繰り返し続けてきた11年でした。

議員。嫌味な意味で政治家というのは、名前を売ってなんぼです。私があれやりました!の世界です。知名度が無ければ選挙には勝てないのですから。これが私の生業です。

けれど、JCの何が一番居心地がよかったって、地位や名誉にこだわらず、立場なんて毎年変わる、ある意味で一番「我のない」組織だったからなのかなと今感じています。

今年12月、仲間たちは幾度も卒業式なるお祝いを開いてくれました。同期は熱く感謝や今後の夢を語ります。ネットでもたくさんの投稿を見ました。けれど、では私は一体どないしよう、どんなスタンスで今後いたらよかろうか、と身の振り方を考え、決めかねていたところでした。

 

サンタの会

おととい23日の夜はサンタの会でした。これは、サンタクロースの格好をして家庭や施設にお菓子を配り歩き、親からこっそり預かったプレゼントを渡すという、板橋区委員会が自発的に20年近く取り組んできたイベントです。これまで一度も欠席することなく続けてきましたが、今年が本当に最後の、そしてこれが本当に最後の現役JCとしての活動です。

サンタで移動の途中、お菓子が足りなくなりスーパーに立ち寄ったところ「うわー!さんたさんだよ!」と隣に止まったお車から声をかけられたので、そのご家族と記念写真を撮りました。

よくあることなので特段気にもとめずサンタを続け、打ち上げも半分眠りながら終わって、静かに私の11年が終わりました。

帰ると、パソコンにメールが一通届いていました。それは、さきほど駐車場で写真を撮った方からでした。

先ほどのサンタは、何も名乗られませんでしたが坂本あずまおさんでしたよね?別れた後に気づきました。と。そこには、街中でサンタに出会えて純粋に嬉しかったこと、お菓子や記念撮影への喜びと感謝、そして名乗り出ることもなく活動をしていたことへのお叱りではなく感激したとの言葉がありました。

胸が熱くなりました。最後の最後に、私自身がサンタさんからの素敵なクリスマスプレゼントをもらった気がしています。JCやってきて、報われたな、と。

社会を能動的に変革していくには、情熱が必要であり知性が必要であり体力が必要です。けれどそれらは自分一人の力で導けるものではありません。率先した変革の能動者に力を与えるのこそ、人であると、社会そのものであるのだと私は思います。

 

11年間、ほんとうにありがとう。

40歳、世間ではまだじゅうぶんに青年として扱われる年代です。

これからも、変革を続けていきます。

成増団地、跡地のゆくえ(2)〜幸福をもたらす具体策が必ずある〜

2018 年 12 月 20 日 木曜日

rectangle_large_type_2_aac91b70da3bf8f4a80575166e9a6eda

 

都営成増第二アパート(通称:成増団地)に創出される約1.9haの跡地。このままでは塩漬け用地になってしまい、周辺地域にとって最も好ましくない結果が訪れてしまいます。前編と後編を合わせてご一読いただき、この東京の一番はじっこにある空地から、少子高齢化社会が抱える課題を解決する一助の取り組みが生まれるよう、ご助言やご協力を頂戴できればと思います。夢もってすすもう!

板橋区議会議員の坂本あずまおです。

成増団地の跡地を活用するためには、住民の声・PFI・SIB(social impact bound)による健康寿命増進プログラムと国家戦略特区の活用という、住民・区・都・国が横断的に協力して新たな挑戦をする必要があります。

では、地元としていかに青写真を提示し、実現に向けてすすめていくのか。私の考えを記します。

最大の目標は、1)住環境の充実 2)周辺地域の発展 3)賑わいの創出

この3点が、なによりも実現すべきこの土地を活用した将来像です。具体的な施策の第1歩目は、住民の健康増進と世代を超えたスポーツへの取り組みを目指すことです。

健康増進とスポーツ文化立国:高齢化が進む住民の方々にとって人生の大切な支えになるのは、健康寿命の増進ではないでしょうか。住環境の充実のための1番の基礎、健康増進が数字として見える取り組みが必要です。

今、最先端の政策手法と言われているものに、SIB(social impact bound)という手法があります。簡単に言うと、民間企業が行政の一部業務を担って、成果が上がった分だけ報酬が支払われるというものです。例を挙げると、例えば団地住民の皆さんの元へRIZAPの指導者が来て、メタボが減って健康になり体重が減った重さ分だけRIZAPに税金から費用が支払われる、というような仕組みです。この手法は国が現在大きく進めているもので、行政と企業と公共のあり方を変え新しく社会を作り上げていけるのではないかと期待されています。現在各地の地方自治体でも取り組みが始まりました。医療関係者も注目しているそうです。

高齢者だけでなく子供や働く世代も含めた地域一帯に暮らす多くの周辺住民の健康増進を目指す取り組みは、2020東京大会、オリンピズムの原点、スポーツ文化立国の目指す形とまったく同一でしょう。それには、これを実施するための場所がいります。この空地に施設を整備して、日常生活とスポーツによる健康増進が一体となった健康寿命増進プログラムに特化した施設、ソフト・ハードが一体の先進モデル地区を展開したい。地方と東京の格差が叫ばれている中、見落とされている東京都内の偏在、東京の縁=板橋区成増でこのプログラムが成功すれば日本だけでなく世界へ通じる「少子高齢化社会の健康増進ライフスタイル」の確立に道筋がつくのではないでしょうか。

 

施設建設=PFI:と言っても、収益や事業ビジョンに魅力がなければ参加する企業はないのが当然です。現在の用途地域と地区計画上のしばりでは投資額(少なくとも施設建設費)に見合った収益事業が可能かどうか、どんなビジネルモデルが組めるかは私一人では暗中模索です。しかし規模が大きいほどPFIに挑戦する価値があるのでしょうし、どうかこの土地と考えに少しでもご賛同頂ける企業様がいらしていただけることを切に望んでいます。

とにもかくにも、土地所有者の東京都さんを説得できるだけの材料を揃えること。区がかけた地区計画を自ら取っ払えるだけの理由と数的根拠を示せること。これらを制度的に可能にするのが【国家戦略特区】だと、大きすぎる話と臆せず諦めず期待を持っています。地元板橋区選出の元文部科学大臣・下村博文代議士とも常々お話をしています、今こそ国家戦略特区の制度を地方自治体は活かし、積極的に挑戦すべきだと。

SIB、PFI、カタカナばかりが並んでしまいますが、何よりも住民の熱意を幾重にも取りまとめて強化することで、成増団地の跡地活用による再開発は必ず実現可能なのだと信じています。

時間は限られています。が、幸福をもたらす具体策は必ず実現できるはずなのです。それが、政治なんだと思っています。

 

成増団地、跡地のゆくえ(1)〜経緯と現状〜

2018 年 12 月 13 日 木曜日

都営成増第2アパート、通称”成増団地”。建て替えによって創出された約1.9haの跡地の活用が決まらぬまま、数年が過ぎました。このままでは塩漬けの遊休地になってしまいます。なぜこうなってしまったのでしょうか。ちょっと長めの文章です。

地元議員として交渉や折衝は5年近く続けてきました。現在でも結論はまだ出ていませんが、今、わずかな光明が見えてきたと感じています。その道は、住民発議の声・PFI・そしてSIB(social impact bound)による健康寿命増進プログラムにあります。

こんにちは、板橋区議会議員の坂本あずまおです。

成増団地は東京都と埼玉県の都県境、板橋区成増5丁目に広がる約1,000世帯の集合住宅です。1960年代に建設された建物の老朽化により10年ほど前から建物の高度化が図られ、現在最後の第4期工事がほぼ終了しました。来年中には除却が終了、合計約1.9haほどの空地が創出されます。

これまでの経緯と現状

この空地の取り扱いについて、都・区・住民の間に、以下のような複雑な状況があります。

1)土地所有者は東京都。東京都建設局が住宅整備を終えた後は、都庁内でニーズが確認され財務局へ所管が移動する見込み。建設局としてはこれ以上の団地建設は考えておらず、跡地活用については担当所管ではなくなるとのこと。一方の財務局にとっては、まだ来てもないものを検討することは適当ではないと。

→都としては、自らの土地の利用方法にいちいち外部組織が口を出すな、というお考えなのかも知れません。そりゃそうです。下の2)で説明しますが、区行政が都庁に足を運んでもなかなか取りつく島もなく、「予定なし・時期未定」との返答ばかりが続いています。加えて、都県境に位置する場所のため、どんな経済効果を測っても都にとっては半分(残る半分は埼玉県へのメリット)の計算になる、のです。

2)板橋区は、建て替えにあたり、この地域に平成19年度に地区計画を設定。「豊かな自然環境と共生するまちづくり」という趣旨で地区計画を設定しており、第一種中高層住居専用地域の上にさらなる規制をかけた。もともとの用途地域で商業店舗の設置が厳しい上に、大学・高専・専門学校も建設が禁止されている。つまり現状で可能なのは、住宅(含マンション)、病院・老人ホーム等医療介護施設、(やり方次第でおそらく公園も可)程度。

→この地区計画決定が自らの首を絞めています。どんな【賑わい創出】の策をしようにも、規制の縛りが強く、ほとんどの施設が作れません。では計画を変えればいい!と言っても、行政としてわずか10年ほど前に決めた条例と地区計画決定を軽々に「今の時代に見合った開発を行う」変更をすることはできません。極めて妥当性に欠くことで、それ相応の理由や青写真、厳しい判断と作業が求められます。用途地域変更権限も、23区でなく東京都にあります。加えて、この地域の公立小中学校はすでに定員の限界に近く、更なる人口流入が進むとパンクしてしまう事態になります(地方都市からすれば贅沢な悩みではありますが)。底地を50億でディベロッパーに売ってマンション作ればいい!ということにはならないのです。

3)地域住民にとっては、高齢化が進む中でバス路線が減少しタクシープールもなくなり、どうしても活気=人の出入りや集客力ある”何か”が必要。日常生活で駅や買い物への距離が遠く、しかも標高差約25mという長い坂の下に位置するため、移動すること自体がご高齢者にとっては億劫になる。

→空地が空地のままでいることが不安であり、なんとかしてほしい、あんなものやこんな施設が来て欲しい、とは思うものの何をどうしていいのか何がどうなっているのかが分からない。こんな状況です。よそ者・若者・バカ者が街を牽引する決め手、とはよく言います。しかし高齢化の進んでいるこの団地で住民が率先して声をあげ行政や民間企業誘致に動くのは至難の技ではないでしょうか。

何も動かなければ、この土地は当分の間塩漬けの遊休地となってしまうでしょう。これは一番避けなければなりません。周辺地域が衰退していく1番の悪手です。

現行の地区計画にのっとった規制の範囲で東京都側に提示できる再整備案とすれば、すぐにスポーツ公園、防災広場等があがるでしょう。しかしこの想像以上に高い規制の壁の、針の隙間を縫って行けるほどの妙案は、出てきていません。

 

以上のような現状で、行き詰まりの時を迎えている状況です。残された時間はそれほどありません。

 

この続きは、(2)として住民の健康増進にむけたSIBとPFI、そして国家戦略特区の活用の可能性を次回に記したいと思います。

公立小中学校〜教室の冷房と体育館の冷房。どっちが優先?

2018 年 12 月 13 日 木曜日

小中学校体育館の冷房設置。

各地で今年も大規模災害が発生しました。特にとんでもない猛暑だった今年は、体育館に避難した際の暑さがそれ自体もう災害というレベルでした。

板橋区でも公立小中学校の体育館は避難所指定されています。

この体育館、新しい箇所には暖房が設置されている場所もありますが、実は冷房設置は小学校だと1校しかありません。

区議会ほぼすべての会派から「早急に学校体育館への冷房設置を強く求める」との声が上がっています。しかし、なかなかすぐにyesとはいきません。以下状況を整理しますと、

1)災害対策でなく学校教育施設として考えると、ちょうどいま区内全校の普通教室冷暖房の機器更新の時を迎えており、リースにするのか買取にするのかの瀬戸際であること。体育館か教室かを考えれば一番長い時間を過ごす教室への設備投資がまず優先になる。

2)体育館の設備は古いところも多く、窓のサッシや構造上、冷房機器を入れても極めて効率が悪く電気代がとんでもないことになる箇所が多い。夏場の体育や部活で冷房が効いていればありがたいが、それならば移動式冷風機を複数購入した方がよっぽど涼しく効率的で金額も安い。(バトミントンや球技への影響はあるでしょう。)

3)大規模災害発生時を考えた時、周辺住民が避難してくる時系列、電力が復帰するであろうタイミングなどを鑑みると、体育館よりも普通教室への長期避難の方がプライバシーや熱効率的に有用で、すでに設備は揃っている(更新の時期ではあるけれど)。

4)国費で冷房機器の設置費用助成、と安倍首相が発言されましたが、助成といっても全額でなく、設定費用や10年後の買い替え時には結局自腹となって相当な自主財源負担が発生する。

などから、私自身はそこまで強く推進することには反対でした。そりゃあった方がいいに決まってるけど、極めて限られた学校予算の中で負担が大きすぎるし効率性に問題がある。

さて、そう思っていましたが、ここ一月ほどの委員会質疑と昨日今日の本会議答弁で、若干のニュアンスが変わってきている気がします。「検討する」とのこと。

もしかしたら、都区財調協議の中で体育館冷房設置に関する取り組みが23区共同でなにかされるのかもしれません。

年明けの予算プレス発表時にはなにか動きがあるかもしれません。

写真の財政白書と外交青書は、今日読んでいたもの。グーグルで調べて、なんで外交だけ青書と呼ぶのかと、ついさきほど知り得ることができました。

区議会 〜実際何をしているの?本会議での主たる議論

2018 年 12 月 13 日 木曜日

受動喫煙対策。荒川氾濫時の対応。小中学校体育館の冷房設置。このあたりが本日多く質疑がされたテーマでした。

今日と明日は平成30年度板橋区議会第4回定例会の本会議です。
おもに何をする日かというと、議員のうち担当となった10数名(自民党だと3名)が、本会議場で「質問」を行い、区長が「答弁」をするというもの。これを一般質問と言います。

区民に選挙で選ばれた議員に対して、公式の場で区長が答弁をする。というのは、普通で考えられている以上に双方にとってとても公的な発言であって、聞く側も答える側も一字一句に気を使います。
なので板橋区議会では、まず質問通告をして、答弁調整を担当所管(主に課長職)がとことん詰めて、で双方共に「読み原稿」で行います。

これがいいのか悪いのかの議論がたまにありますが、流れの中での発言や場当たり的なものでなく、数字と確実な実現の根拠を持ってお互いが公的にやり取りをするので、合理的なひとつのやり方だと思っています。

さて、今回の定例会で主を占めるテーマは、受動喫煙対策、荒川氾濫時の対応、小中学校体育館の冷房設置です。
1)受動喫煙対策として、都条例で厳しい締め付けが入り、殆どの公共の場でタバコが吸えなくなります。けど、あまりに厳しく規制をし過ぎたせいで思いもよらぬ片隅に喫煙者が溜まり、煙害が余計に起こる事例が数多く報告されています。
ならば、きちんと設備投資をして分煙の徹底をすることの方がより効果的で問題が解消するのでは?嫌煙の度が過ぎることで受動喫煙の問題は解消されないのでは?というやりとりでした。
結論としては、「いや言いたいことは分かるし対応策は考えるけど規制を緩めることはないよ。」とのこと。
私はタバコを吸わないのですが、数年前に昼食時の職場の席でぷかぷかされ先輩達に激オコして完全分煙を成し遂げた身としては、分煙のもたらす効果を身を以て感じているので、嫌煙エキセントリックにむしろなってはいけないと考えてます。特に駅前周辺や人が多くいる場所には喫煙スペースを確保してあげたい。あとはそれぞれの案件で個別に分煙壁の設備費用を誰がどれだけもつかの議論になるのかなと。

2)荒川氾濫時の対応
1000年に一度の大地震がわずか7年前に起こったことを考えれば、200年に一度と言われる荒川氾濫は、現実的にいつでも起こり得る大災害。
地震と違って大雨による河川氾濫は検知してから発生までの時間に若干の猶予があり、この短い時間でどれだけの対応策が取れるかが、被害を最小限に抑えるための大切な作業。
けれど、被害想定は近年ようやく具体的にものがでてきてるものの、発生からの時系列に沿った具体的対応策はまだまだ無きに等しい。この準備を!というのがテーマでした。
これはもう仰る通りでやるだけ。で、じゃあやりましょうよ!と言っても甚大は想定規模だから順を追って、且つナルハヤですすめましょうよ。という次第。区内だけでなくて埼玉側の彩湖や江東5区の高潮対策も踏まえながら、GISベースで。と思っています。

3)小中学校体育館の冷房設置
も、書こうと思いましたが、続きはまた明日ということで。

議会が終わってから、成増、池袋、表参道と三軒忘年会をまわってからの最終の電車内も、まもなく駅に到着です。お疲れ様でした。

明日も本会議と忘年会なり。

#板橋区 #区議会 #政治家 #受動喫煙 #荒川氾濫

神輿を担ぐ意味、板橋農業まつりの意義 〜土と農の暮らしから〜

2018 年 12 月 13 日 木曜日

秋のおまつりシーズンがようやくひと段落しました。

神輿を担ぐ、と言います。
なぜ担ぐのか。
これは宮出しをした神様の社(神輿)を担いでまわり、そこに街中の息吹を吹き込んでから戻り宮入りをするところに真意があるそうです。祖父からの教えです。
吸う息、吐く息、街の人々の呼吸は街の人々の「想い」そのままでありますから、神輿によって運ばれてきた息吹を受けとる神社の神様は、『街の姿』そのものになるとも言えるのではないでしょうか。

板橋区は、北豊島郡赤塚村、志村、上板橋村、仲宿、そして昭和35年以降開拓された高島平と、4村1地域の5エリアから成り立っていまして、私の暮らす赤塚村の地域には、東京23区で唯一自治体が主催する農業祭「板橋農業まつり」が開催されています。

ここでは人々が土に親しみ、収穫に感謝し、そして神輿を担ぎます。笑顔温かく、心豊かになるまつりです。どんなに時代を経ようと、多くの住民の流出入が繰り返されていようと、今この時この場所に暮らす人々の姿は普遍的なもので、新しい息吹は生まれ続けています。ですから、この食と農を通した地域のまつりごとは大切にしていかなければなりません。

大地と人が一体となり、食を通して人と街を育んでいくことがこの地域の基礎です。相続発生時における農地の宅地転用、学校現場での食育、諸問題を通して赤塚地域の今後の安定した開発と保持発展の道を見出すことが私の作業であります。

神輿後のほどよい?肩と腰の痛みに苛まれていますが、来年も農業まつり会場で多くの方に会えることを楽しみにしています。

【イタハシ】板橋区の語源〜諸説あるうちのひとつとして。

2018 年 12 月 13 日 木曜日

【板橋区】の語源は?と尋ねると、大半の板橋区民は「江戸時代、仲宿の石神井川にかかっていた板の橋から」と答えるかと思います。

しかし、平安時代にはすでに数多くの人が暮らすイタハシという地がありました。

【イタハシ】という地名は、古くは西暦1,100年代の平家物語に登場します。

江戸時代以降の荒川治水の大工事が始まるまで荒川の川幅は大変に広く、河口からはるか上流まで川端に沿った街々間の船の往来が盛んでした。

武蔵野台地の北端、荒川左岸には旧石器時代から人々が暮らし出し、縄文時代、弥生時代とそれ以降に続く文化の一大集積地としての遺構が数多く見られます。

埋蔵物を調べると、東北地方や南方など日本各地の産物が出土されており、大きな貿易がなされていたようです。

武蔵野台地、川から見上げればはるか高く立派な木々と集落、豊かな食料。この台地を当時の人々は「イタ」と呼んでいたそうです。そして「イタ」の「ハ(端)」にある「シ(人々が集まる場所)」、これが【イタハシ】であると、考えています。

旧石器・縄文・弥生と続く遺跡群。遣隋使遣唐使時代の入植の名残である苗字や地名や出土品。戦国時代の武士一族の往来。江戸時代初期にはもう上板橋村と下板橋村に分割され、江戸の町の食糧生産を一手に担い、参勤交代に来る地方大名の江戸土産一番人気はダイコン・ゴボウなどこの地域原産の農作物の種子であったこと。

このように遥か昔から、板橋は伝統的な要所であり文化の結節点でありました。

この地に生まれたことに、私は誇りを持って生きています。そして、この板橋区で区議会議員として働いています。