板橋区議会議員 坂本あずまお あずまお日記

議員を志したきっかけ 立候補への決意

2015 年 4 月 18 日

志し

板橋区成増で生まれ育ち、小さい頃から近所のおじいちゃんおばあちゃん達に面倒を見てもらいました。

cover005その時教えてくれた地域の歴史はとてもおもしろいものでした。地名の由来、戦前まであった川で遊んだこと、底なし沼があった場所、マンションの下に遺跡が埋まっているなどなど、上げたらきりがありません。

また、板橋の郷土芸能『成増里神楽・獅子舞』の継承者として5歳の初舞台以降、多くの神社や慶事で獅子を舞っており、阿波おどりは30年来のお囃子担当です。

 

 

 

高校を卒業後、私は単身トルコと英国の大学へ進みました。

 

DSCF0487_2イスラム・欧州双方の文化に直に触れ、またテロや海外での被災も体験した8年。卒業後は中国での浄水事業に関わりましたが、これらの経験で得たことは『異なるものを理解する術』です。

まったく異なる文化・習慣・歴史の中で生きてきた人々と相互に理解をし合うことの難しさ、そして可能性。

そこには新たな創造性が生まれてくる希望があると同時に、衝突を乗り越えて右の正義・左の正義を結びつけるのが政治の果たす役割だ、と感じました。

これが、私が政治の道を志したきっかけです。

 

 

板橋区議会自民党の最年少28歳で議員となり、2期8年。現在36歳。

日本の伝統、異国の文化。この双方に包まれたからこそ感じることがあります。

それは「古いものに固執・誇示するだけでは何も生まれない。伝統は新しい息吹と相まって漸く時代にあった新しい価値を生み出す。」ということです。

新しい希望の創出こそ、私達の暮らしに明るく楽しく元気な“今”と“未来”をもたらすのです。

 

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新しい暮らし、板橋区が変わります。

 

実は板橋区生まれ板橋区育ちの区民は全体の約2割。1年間で4割の人口が流出入をすると言われています。お仕事、学業、家族の転居など多くの理由で板橋区に『今』暮らす方々が、この街を支えています。

駅前開発、家庭教育、医療と介護、防災力。

今を生きる皆様の知恵とお声で、この街の魅力・底力を高めたい。板橋への愛着とともに、新しい暮らしの創造を実現させます。

 

10年後のいたばし 長期基本計画審議会にて今期4年間の議会活動を終える。

2015 年 3 月 27 日

今日開催された長期基本計画審議会にて中間答申案がまとまり、区長に提出された。

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この『長期基本計画』というのは、20年に一度、板橋区がどのように進むのか、何を目標として掲げるのか、どんなまちが望ましいのか、を区民・議会・行政・学識が一体となって議論するもので、

『いきいき暮らす緑と文化のまち“板橋”』

という標語を決定したのがこの審議会。

20年に一度、だけれど、これだけ変化の早い時代の中では10年経った今年度に一度見直しが必要だ、ということで約1年間にわたり開催されてきた。

実は、どうしてもこの審議会には参加をしたく、自民党区議団の幹事長にお願いをして審議会委員にしてもらったほど、思い入れの強い会議。ようやく今日が選挙前最後の会議であり、中間答申案の提出となった。

 

 

緑という自然環境、四季折々の姿を示すこの郷土に、歴史・伝統の継続性によって文化が栄えてきた板橋区。

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10年後のいたばしに向けて『いきいき暮らす緑と文化のまち板橋』の標語を具体的にどう実現していくのか、そもそもこの方向性は正しいのか。そこで出てきたのが、『未来をはぐくむ緑と文化のかがやくまち“板橋”』という標語である、と今回の審議会で答申がされた。

 

私にとって緑と文化とは、春夏秋冬・季節という継続性、切れば終わりの刹那的要素、この両方が織りなしてきた姿だと思ってる。

それが革新的な新しき創造性(Creativity)を生むとき、未来を輝けるものにするのではないだろうか。

 

10年経っても普遍的に重要なこと、10年の間に発生するだろう革新的で創造的なこと、この二つに一本の政策的な筋道をつけるのだから、広がりすぎた大風呂敷をまとめるような大変な作業となる。

願わくばもう少し膝をつめて密な議論をしていきたかったが、それこそ将来を議論することは永続的に繰り返していくべきこと。

仲間と共に、将来を明るく輝かしい未来とするために、緑と文化とともに、その創造力を発揮させていきたい。

 

 

今日で、2期目4年間の議会での仕事が終了した。

まだまだ、政策創造の道は続いていく。これからも一歩一歩前へ前へ進んでいくために、歩き続ける。

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2015板橋cityマラソン!そういえば

2015 年 3 月 27 日

先週末、3月22日に開催された板橋cityマラソン2015、今回は仲間4人と5キロ走に出場してきました。

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フルマラソンは1回、5キロは何回目だろう、出場していますが、今回ほどまっっっっっったく練習しなかったことはなく。

 

けれど!ゴールのタイムは、フルマラソンに向けて練習をしていた時期とほとんど同じタイムで、しかも一度も歩くこともなく極めて順調にゴールすることができました。

 

 

春の訪れを感じるこの時期、河川敷で風を受けながら汗をかく、ほんとに気持ちがいいのです。

また、そのあとの焼き肉とハイボールがもっと最高なんですけどね!

 

来年も、もっと大勢で走りたいと思います。

板橋ブランドの野菜、志村みの早生大根(しむら みのわせ だいこん)

2015 年 3 月 27 日

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板橋区発の江戸東京野菜「志村みの早生大根(しむら みのわせ だいこん)」の作付け準備が今季も始まりました。

この大根はかつて江戸野菜として多く栽培されていましたが、病気に弱く、青くび大根が開発されてからはめっきり生産が減り、昭和40〜50年代には消滅してしまったという幻の板橋産の野菜です。

数年前からJA東京あおば青壮年部が中心となって復活を目指し、現在は15名の生産者で品種の安定化に努めているところです。

 

 

 

私も実はこの青壮年部の端くれに所属しており、お前もちっとは手伝えや、ということで今年からど素人ながら挑戦させてもらうことになりました。なんでも自分でやらないと気が済まない性格なので、怖いもの知らずです^^

 

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まだまだ市場に流通させるまでのサイズ、品質、出荷時期などの安定性がなく、関係者のみで作付けをしている段階です。

夏野菜の『みの早生』、といっても昭和中期の頃の気温とはまったく違うこともあり、種を蒔く時期や収穫までの日数が当時とはまったく違う状況。手探りで、毎年試行錯誤を繰り返しているところだと地元の先輩農家から教えてもらいました。

 

5月の連休明けに、種を蒔く予定です。

 

 

 

 

40〜45日後、自信を持って収穫した大根を手に写真が撮れるよう、祈っていて下さい!

失敗したら私の責任、収穫出来たらお天道様のおかげ、種の実力。

 

乞うご期待!

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地元の農家の先輩の一人。この大根は青首大根。

実際のみの早生大根は、これの半分以下の太さでちょっと辛いと言われています。

 

 

 

 

 

 

 

 


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板橋区の地名の由来。古代から現代、そして未来へ続く架け橋として

2015 年 3 月 24 日

『板橋区』と言います。

その名の通りに「板の橋が現・仲宿の石神井川に架かっていたので、板橋という名がついた」

というのが、現在定説になっています。が、これは本当でしょうか。

わたしはこれとは別の理由、それは『 イタ=崖や河岸=武蔵野の台地、ハシ=端=台地の北限』に由来しているのではないかと考えています。

 

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『いたはし』 この言葉は「延慶本平家物語」(1180年)にはもう登場します。

源頼朝がこの地に布陣をひいたとあり、また赤塚周辺には鎌倉古道という通り名がいまだに残っており、平安・鎌倉時代にはすでに人の往来が多くあったと思われます。

さらにさかのぼると、板橋区内の縄文、弥生時代の遺跡の多さは23区で4番目。現在の仲宿周辺だけでなく、成増、小茂根、志村のあちこちにも遺跡が点在しています。

(区名の由来) http://www.city.itabashi.tokyo.jp/c_kurashi/001/001171.html

 

 

その後の古墳時代の遺跡までは数多くあるものの、中世・江戸期になると、農村地域(江戸の台所を支える)地域と変化していき、いわゆる文化財的な遺構は神社仏閣とそこに根付く伝統芸能が中心となっていきます。

 

 

 

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実は、私が担っている成増里神楽保存会の獅子舞は、相模流。江戸流でなく神奈川県相模の流れを受けています。お正月の慶事の際に見る、唐草模様の身体で頭を噛んでくる、あの獅子ですね。

 

 

 

 

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一方、成増のお隣の赤塚諏訪神社、徳丸の北野神社で行われている直立して振る舞う獅子は、反対に北方系から伝わったとされるようです。頭にはカラスの黒い毛、太鼓を叩きながら四方を囲った中で踊ります。(写真は板橋区観光協会より)

 

 

 

 

 

お隣の戸田市職員とお話ししたところ、戸田は東西二流れの文化が荒川を挟みちょうどぶつかる交差点として栄えてきた。だから東西南北からの多種多様な文化が混ざり、現在も郷土芸能や伝統文化の彩りが豊かなのだ。と伺ったことがあります。

 

伝統文化の様相が示すように、この『いたばし』の地は古くより、北方と南方の文化の結節点として栄えてきたのではないでしょうか。それが旧石器・縄文期から続く多くの遺跡に現れており、南北(もしくは東西)の伝承が双方共に残っていることにも繋がっているのではないかと推測しています。

 

現在、都市開発などによって古くからの地名、歴史、時代が知らず知らずに消え入っています。

先日の議会でも、昭和の時代に編纂された「板橋区の地名」という冊子について提言しましたが、ここには、いまや口伝えのみで残る古くからの地名が掲載されており、各区立小学校で地域の歴史教材として使用してもらうことになりました。

昨年の 夏に起こった広島の土砂災害のように、地名というのは人と同様『名は体を表す』ものです。

 

温故知新、古代から現代、そして未来へ。同じ台地の上で暮らす私達の歴史と今を紡いだその先に、新しい未来があると私は信じています。

 

東京の緑 都市農業と都市の自然環境について 緑のカーテン、宅地並み課税、相続税など

2015 年 2 月 19 日

IMG_6756私の実家は元々が農家なので、JA東京あおば(いわゆる農協)の青壮年部にも入っており、トラクターの試乗会の案内なども届きます。

まだ乗ったことはないんですけどね。

 

東京のみどり・都市部の農業については、自分自身の問題としても、また地域のご近所さんが抱える問題としても、とても重きを置いています。7年前にもこんな日記『四里四方の飯を食え』(東生日記)を書いていました。

 

 

まずは議員になるまえから続いている、ゴーヤの緑のカーテンの取り組み

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これは、板橋区の赤塚や成増地域は依然として農業に従事している方も多く、またゴーヤの種をそのまま配ってもなかなか種から苗へ、苗からカーテンへ、というのが初めての人には難しく、この二つを合わせて緑を増やし親しみのある『都市部の自然』を考えていこう、という思いから始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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☆近所のおっちゃん・おばちゃんに、ゴーヤの種を苗にしてもらう。苗になったら時期を見て近所に配る。おっちゃん・おばちゃんたちにはその手間分、大量にゴーヤの実が収穫できてカーテン効果で夏は涼しい。新しく越してきたお隣さまと会話するきっかけもできる。

☆苗を手にした人たちは、初めて土に触れる子供たちも含め、緑に慣れ親しみ、植物と野菜を育てるという経験ができる。当然、緑のカーテンで冷房代が下がり涼しくなるし、マンションでもプランタで育てられるんだと知る。

もうすぐこの取り組みも10年目をむかえそうです。いまや積極的に取り組む方が増えて種からカーテンへ、また幼稚園で園児に種植えをしてもらって芽が出たらおうちに持ち帰って育てる、というくらいにまで広まってきました。

活動の記録は、こちらをご覧ください。

 

 

 

さて、では本題。

東京のみどり・都市部の農業

について。

 

よく都市農業といいます。東京都内23区でも世田谷区や練馬区(ダイコンで有名)、足立区(小松菜のふるさと)など、けっこう農業従事者は多く、意外と出荷量も多く、各区で「地産地消」として学校給食へも提供されています。板橋区でもにんじん、タマネギ、大根、長ネギなどは季節ごとに学校給食へ提供されており、議員一期生だったうちに実現することが出来て、当時とても嬉しかったのを覚えています。

ですが現状としては、都内の農業従事者で専業の方はほとんどおらず(板橋区で約3名)、年々面積は減っており(現在、実際の農地は区内10ha前後)、高齢化と共にアパート・マンションへの転用や相続発生時の分筆=戸建て住宅へ、がずーっと続いています。

そしてなにより、都内の農地は『市街化区域』という扱いになり、法的には農地でなく宅地並み課税が課せられています。生産緑地という制度もあるのですが、20年以上、最低面積500平米以上で継続しなければいけない、というしばりがあり、所有者にとってはそう簡単な決断はできない状況です。

都市農業と緑の保全、単純に「都市農業を全部残せ!」と言えない理由がここにあります。

宅地並み課税、営農と世代交代、農を収入源として生活する難しさ、相続発生時の対応。農地所有者の方なりの『農業は続けたい、緑は好きだ、けれど税金を払って、家族を守って、家計を支えていくにはどうしたらいい』という葛藤があります。

また、これは東京の人にはあまりない視点ですが、国交省などは「農業や国内農生産は地方の大量生産に任せて、都内の市街地ではしっかりと経済活動をし、開発をして東京と日本の経済を支えて欲しい」という考えがあります。

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都市農業と緑の保全。

何人たりとも最低限身近にあるべき緑と農の量(1人当たり緑被率)は、いかほどでであるべきか。

農業生産の効率性と地産地消の距離感『四里四方の飯を食え』は、どう合理的に計られるのか。

黒研出身としても当事者としても、単純に「都市農業を全部残せ!」とは言いません。言えないです。

ですが、問題は小規模農地の宅地並み課税と相続税にあり、何をもって適正とするかの判断基準の認識を早急に共有し、具体化すべきです。少なくとも、今現状くらいの緑地・農地は残しておいたほうがいい。13〜15%は確保したい、それももうちょっと分散させて、というのが私の考えです。

残す量と続かせ方について、議論と対策を続けていきたいと思います。

 

さぁ、「志村みの早生ダイコン」植える準備しようっと!

板橋区防災マップ AED、消火器、土のうステーション、一時避難場所、貯水槽と、GPSで現在位置

2015 年 2 月 18 日

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いま、目の前で火事が起こっている!

いま、目の前で人が泡を吹いて倒れている!

少なくとも私自身、自宅のそばで1回ずつ上に書いたことを経験しています。

手にしているiPhoneやスマホで、ここから一番近いAEDはどこだ?消火器はどこだ?避難場所はどこだ!!!

これを現在地をGPSで表示しながら一番近い場所が手に取る様なアプリが欲しい。

という要望。これまでも消防団や地域から沢山受けてきました。

はい、役所が作れないので、まずはブラウザで作りました。以下のアドレスをブックマークにしてぜひ使ってみて下さい。

 

 

あずまっぷ・防災マップ編です。

http://azumao.maps.arcgis.com/home/webmap/viewer.html?webmap=9590aca3340145758b2e8ce20e64fb41

 

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第49回自民党都連青年部・青年局定期大会にて、議長を務めました。

2015 年 2 月 8 日

結党以来、自由民主の党是を掲げ国政ばかりでなく地方政治運営の責任を担ってきた、自由民主党。

東京都における青年部・青年局の定期大会が2月7日に永田町の党本部で開催されました。

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代々、党に対して「間違っていることは間違っている!」と、正論をはき続ける青年部は

数多くの国会議員や大臣、区長を輩出しており、通称『自民党・虎の穴]とも言われています。

どんなに地元で偉かろうと都議会議員だろうと国会議員だろうと、横一線。

党活動に対して汗をかき、自由民主の精神に対して責任と義務を果たす仲間達が多く集まります。

 

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各々の自治体への陳情や視察などでの意見交換・サポートだけでなくて、同じ年代で選挙や政治活動の孤独な苦しみをそれぞれ経てきている同志は、ものすごい連帯感で結ばれています。

28歳からこの組織で揉まれてきて、本当にたくさんのことを学びましたし、鍛えられました。

青年部がなければ、今の私はない、と思っています。

 

今回23区の議長団として(形式上ですけど)選出されて、務めて来ました。

広報委員長(ここでもやっぱり)として、残り2ヶ月少しとなった統一地方選へも出来る限りの

情報交換とサポート体制を築くつもりです。

参議院選、衆議院選を通して得たIT選挙のノウハウを少しでも皆に還元出来たらと思っています。

そのためにも、自分自身しっかりと勝ち抜かねばなりません。

応援、宜しくお願い致します。

成増里神楽保存会で餅つきをしました。

2015 年 2 月 3 日

2月1日の日曜日、成増里神楽保存会で餅つきをしました。

 

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私がまだ小学生低学年の頃は、自宅でも近所の家でも毎年ついていたのですが、いつのまにかどこも見かけなくなっていました。

子供囃子の面々も増えてきたことだし『じゃぁ、やるか!』と会長(父)のかけ声で復活。

前日からドタバタドタバタと保存会の家族親戚一同巻き込んで大騒ぎでしたが、天気にも恵まれて無事開催。

 

 

 

 

 

 

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自宅では搗いていなくてもまさに昔取った杵柄というやつで、餅の出来映えは上々で。

 

 

 

 

 

 

 

ついでに演し物も自演で盛り上げ、まあなんと武蔵野の古き良き面影は芸達者な面々なんでしょう。

私が言うと「ろくに手伝ってないお前が言うな^^」と言われそうですが、もうちょっと女性陣の負担を減らしたかたちで続けられたらいいなと。

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板橋十景 ~The top 10 view points in Itabashi Ward~  観光政策とは

2015 年 1 月 28 日

板橋十景。これは、

『板橋区制施行70周年を記念して、平成15年2月、板橋ならではの自然景観、都市景観、名所・旧跡、イベントを「板橋十景として選定致しました。これは、区民の皆さんから、“板橋らしさ”を感じさせる心に残る風景や風物、感動や安らぎを与えるものを「板橋十景候補」として募集し、(中略)選定されたものです。』

(区ホームページhttp://www.city.itabashi.tokyo.jp/c_kurashi/003/003915.htmlより)

そうは言われても、ガイドブックを作るわけにもいかないし、区内在住の方でも場所や内容がよくわからない。

なので、あずまっぷで作成をしてみました。ぜひごらんになってください。

板橋十景 マップツアー http://bit.ly/1D1A3BP

(現在、閲覧できない状態となっています。まもなく復旧致しますのでお待ち下さい。)復旧しました!(2月4日)

 

板橋区にも観光政策、というものがあります。

最近ではどこの地方自治体でも取り組まれていて、いわゆる『まちおこし』に使われています。

が、多聞に漏れず大半の取り組みは、成功事例のコピー政策。

ゆるキャラとおんなじで、コピーが続いて重なると、面白さも楽しさも無くなってしまう。

板橋区の観光政策はというと、まぁ『りんりんちゃん』というキャラもいますが、特徴的なのは外向きでなく、内向き。あくまでも区民に向けての板橋のよさの周知、が続いて来たように思います。

残念ですよね。もったいない。

板橋区内の魅力とは、例えば赤塚溜池公園は東京の人より成田や羽田から帰国する直前の外国人団体旅行客へちょうどいい時間調整の場所になりうるのに、また区立美術館は区民以外のアート関係者に有名なのに、それを活かしきれていないこと。

加賀地域にある、野口研究所と理化学研究所板橋分所。ここは明治から昭和にかけての日本の軍事産業の礎として極めて貴重な歴史が建造物と共に残っている、大変に産業遺産としての価値がある場所。しかし、今やこの二カ所とも、活用どころか、存在さえも危ぶまれている状況。

 

人は得てして、自分の足もとの魅力に気づかないものです。

故郷は遠くにありて想うもの、という言葉があるくらいに、離れてみないと分からない。

 

ぜひ、あずまっぷに載せた「客観的な視点」をご覧になって、皆さんも「板橋十景」巡りをしてみませんか?